-プロフィール-
地元の小中高で学び、高校時代ラグビーと出会う。そこでの恩師の影響で東京の大学へ進学、ラグビーを続け、大阪で就職。実業団でも活躍。実家は1899年に朝日新聞社と取引を開始した老舗の新聞販売所。26歳の時、家業の(株)村田新聞舗へ入社。営業部長を経て、2000年4月より代表。
現在朝日新聞取扱部数60,000部。年商30億円。従業員数650名。村田幸太郎氏、敬三氏、フサエ氏、清司氏、そして孝義氏と、100年を超える長きにわたって商売を継続。
社名のACCESS(アクセス)はAsahi(朝日)Cuscomer(お客様)Community(地域)Employee(従業員)Satisfaction(満足)Service(サービス)の頭文字から創った社名。

私がこの業界に入ったのは26歳のときです。元々別の仕事をしていたのですが、父が新聞販売所を経営していたので継ぐために戻ってきたという感じですね。特に継げと言われたことも無かったのですが、いきいきと仕事をしていた父親を間近で見ていたので、小さいときから将来はこの仕事をしようと決めていました。平成12年に社長に就任して、平成13年に朝日新聞大阪府中部販売(株)の経営面もみることになり、100年間続いた村田新聞舗の社名を今のACCESSに変えました。言葉にもアルファベットの一文字一文字にも意味を持たせたくて、一人で一生懸命考えましたね。21世紀への変わり目にもっと会社をよくしていこうという気持ちがありました。

気づけば年間の売上げは現在30億になり、社員数も正社員140名、パート510名の総勢650名を越える大所帯になりました。組織は大きくなりましたが、みんなの顔が見えるようにフラットな会社づくりに努めています。例えば、社長室のような個室をつくることなく、直接話ができるようにしています。新聞販売は人との関わりが大事な仕事ですので、職場にもそういった雰囲気が大事だと思うんです。だから人が好きなら、この仕事は合うんじゃないでしょうか。単に販売部数を伸ばすことだけを追いかけてはいけません。従業員やアルバイトの人たちとの関わり方、気の配り方を考えることが一番大事です。「人生、意気に感ず」という言葉がとても好きで、人への思いやりを大切にして、自分が信じた道をしっかり歩いていこうと思います。

新聞販売業は、経営基盤がすごく安定しています。世間一般では景気が悪いとよく耳にしますが、急激に売上げが落ちることはありませんし、まったく無くなるなんてこともありえませんからね。また、専売制により朝日新聞を販売できるのは、この区域ではこの販売所だけと限定されているのも安心して経営できる理由の一つです。一般企業と違って、仕入れの心配も在庫の心配もありません。エンドユーザーの顔が見えるから声を直接聞けて、心が通じやすく人との生のやり取りがおもしろいですね。学生時代の友達が様々な業種で仕事をしていますが、どの話を聞いても自分が恵まれている環境にいるのだなと感じます。

取引先の朝日新聞社の方々とは、あらゆる面で「お互いパートナー」という関係を築いています。時には販売戦略を丁寧にアドバイスしてもらえたり、決算から経営状況の診断までもしてもらえます。普通だと経営コンサルタントに高いお金を出してやってもらうことが、朝日新聞社がしっかりと面倒見てくれるんです。とても心強いバックアップですね。時にはひとつの目的に向かって共に頑張り、成し遂げたときにはこの上ない達成感を味わえます。そんな経験、世の中でなかなか巡り会えないんじゃないかと思います。

私の周りからも経営者となって巣だっていた人たちがいますが、やっぱり全員が自分の城を持ちたいという気持ちを強く感じます。これから経営者を目指そうという人も、そういう気持ちがあるならぜひチャレンジしてほしいですね。新聞販売業に長年携わっていなくても大丈夫です。先にも言いましたが、人の気持ちがわかり、人との交わりが好きなら充分通用します。朝日新聞社からも研修を行なってくれるので心配ありません。人間が大好きな人なら、どんどん来てくださいという感じです。もっとやりがいや生きがいを求める人はぜひ一度話を聞いてみてほしいですね。